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大阪高等裁判所 昭和50年(行コ)40号 判決 1982年2月25日

控訴人

外務大臣

園田直

右指定代理人

松永栄治

外七名

被控訴人

中野マリ子

右訴訟代理人

柴田信夫

菅充行

谷池洋

仲田隆明

松本剛

主文

原判決中控訴人と被控訴人とに関する部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示中、控訴人と被控訴人に関する部分と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一二枚目表末行「世界赤産党」を「世界共産党」と、同一七枚目表三行目「人民新聞誌上」を「人民新聞紙上」と、同二三枚目表一行目「会場集辺」を「会場周辺」と各訂正する。)。

一  被控訴人の主張

1  被控訴人が日本赤軍と連繋関係を有するとの控訴人の主張に対し、さらに、次のとおり反論する。

(一) 被控訴人の新左翼紙上の寄稿文(一九七二年七月五日付―乙第八〇号証)については、右寄稿文がロッド空港事件直後の、現地における賛美と興奮の渦の中で書かれたにもかかわらず、被控訴人は、その冒頭で、自己の立場が人道主義に基くものであることを述べ、日本赤軍とは明確に一線を画している。

(二) 被控訴人は、ロッド空港事件後重信房子と接触交際がなかつたものであり、同人の新左翼紙(一九七二年九月一五日号)の記事(乙第八一号証)は、本人が遠くにあつて永く会つていない人々に対して、右紙面を借りて意思を伝えようとしたものである。

2  旅券法第一三条第一項第五号の解釈について

旅券法第一三条第一項第五号は、第一次的判断権を外務大臣に与えることを規定しているにすぎず、それ以上のものではない。しかも外務大臣の右判断権自体外務大臣の国際関係、外交上の専門的識見を考慮して与えられたものであるから、その判断の前提事実の認識についてまで独占的権限を与えたものでないことは、明らかである。海外渡航の自由という憲法上の基本的人権が外務大臣の誤まつた事実認識により制限された場合には、裁判所は、救済の責任があり、外務大臣の専門的知識及びそれに基づく判断も一つの資料として、その処分の適否につき広い判断権を有する(最高裁判所昭和四四年七月一一日第二小法廷判決、民集二三巻八号一四七〇頁参照)。

なお、処分の違法性と過失とを混同して、被控訴人と日本赤軍との連繋関係の存在につき誤認があつたとしても、右誤認につき過失がない場合には、控訴人外務大臣の判断には、相当の理由があり、したがつて本件処分は違法でないとなしえないことは、いうまでもない。

二  控訴人の主張

1  被控訴人が日本赤軍と連繋関係を有すると認められる理由として、次の事実を追加する。

被控訴人は、昭和五〇年一二月一二日夜、帰国した際、羽田空港で警視庁公安部司法警察員から捜索差押を受け、カセットテープ一個等を押収され、久保田昇に迎えられ、同人方に宿泊した。後日右差押物件返還のため、被控訴人が連絡先として指定した新左翼社に電話すると、久保田昇が被控訴人の代理として出頭してきた。右各事実によると、被控訴人は、右久保田昇と密接な親交関係があるものと認められる。久保田昇は、奥平剛士と重信房子が同四六年二月二日婚姻届を出した際の証人となつたもので、同人らと密接な関係にあつたものと認められる。

2  旅券法第一三条第一項第五号の解釈について

旅券法第一三条第一項第五号は、「著るしく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞がある」か否かの判断を外務大臣の裁量に委ねたものでありしかも外務大臣は、「虞があると認めるに足りる相当の理由」があれば、旅券発給を拒否しうる権限が与えられているのであるから、外務大臣が相当の理由があると判断したことについて合理性があれば、その権限の行使は、適法であるといわねばならない。

本件についてみるに控訴人外務大臣は、すでに述べた各事実に基いて被控訴人を日本赤軍と連繋関係を有するものとして著るしく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する虞があると判断したのであるが、被控訴人を日本赤軍と連繋関係を有するものと判断したことは無理からぬことであり、その判断には相当の理由があり、また、著るしく且つ直接に国益又は公安を害する虞があると判断したことにつき相当の理由があることは、すでに述べたとおり(原判決事実摘示、第四、三(四))である。

したがつて本件処分は、控訴人外務大臣が同号の規定により与えられた権限をその法規の目的に従つて適法に行使したものであるから、違法ではない。

三  証拠関係<省略>

理由

一被控訴人が昭和五二年一月八日サウジアラビアを渡航先として、控訴人外務大臣に対し、一般旅券発給の申請をしたところ、控訴人外務大臣は、控訴人に対し、一般旅券発給拒否処分をなし、同年二月一六日付書面により、同月二四日に被控訴人に対し、これを通知したことは、当事者間に争いがない。

二旅券法第一三条第一項第五号が違憲である旨の主張について

当裁判所も、被控訴人の右違憲の主張は、理由がないと判断するものであつて、その理由は、この点に関する原判決理由の説示(原判決二八枚目表三行目から同裏一一行目まで)と同一であるから、これを引用する。

三旅券法第一四条違反(理由付記の不備)の主張について

控訴人外務大臣が本件処分をなすにあたつて、被控訴人が同法第一三条第一項第五号に該当する旨を示して通知したこと(異議申立手続において、被控訴人が日本赤軍と連繋関係を有するとの理由が示された。)は、当事者間に争いがないところ、被控訴人は、同法第一四条によれば、同法一三条の規定により一般旅券発給拒否処分をなすについては、理由を付した書面により通知をしなければならないことになつているが、根拠条文を示しただけでは、処分理由を示したものといえないと主張するので、判断する。

「一般に、法が行政処分に理由を付記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分理由を相手方に知らせて不服申立に便宜を与える趣旨に出たものであ」つて、「どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由附記を命じた各法律の趣旨、目的に照らしてこれを決定すべきである」(最高裁判所昭和三八年五月三一日第二小法廷判決、民集一七巻四号六一七ページ)。これを旅券法についてみるに、同法第一三条第一項は、旅券の発給を拒否できる場合を六つの類型に分けて具体的に明文化し、これらのいずれかに該当しなければ、拒否処分は許されないとしているから、右拒判旨否処分の理由付記の程度としては、どの条項で拒否したかを明示さえすれば、処分庁の恣意は抑制されることになり、また申請者に対しても不服申立についての必要最少限度の便宜ははかられているものといいうる。したがつて、本件処分理由は、単に処分庁の権限の根拠規定を示したものではなく、被控訴人が同規定に該当するという本件処分に到達した理由を明示したものであつて、処分理由の付記の不備の瑕疵があるということはできない。

四旅券法第一三条第一項第五号該当性の有無について

控訴人外務大臣が旅券法第一三条第一項第五号に該当するとして本件処分をなしたことは、前叙のとおりであり、成立に争いのない、第二号証によれば、控訴人外務大臣が本件処分に対する異議申立を棄却した際に示した右条項に該当する具体的な事由が原判決添付別紙「異議棄却決定理由」のとおりであつたことが認められる。

1  日本赤軍の組織実態および破壊活動等

<証拠>によれば、控訴人の日本赤軍の組織実態および日本赤軍による破壊活動等についての主張事実(原判決の事実摘示第四、三(一)、(二)記載の事実―原判決一二枚目表九行目から同一八枚目表一行目まで)が認められ、右認定を左右する証拠はない。

2  被控訴人と日本赤軍との連繋関係の有無について

(一)  <証拠>によれば、控訴人主張の、原判決事実摘示第四、三、(三)、1、3ないし6記載の各事実が認められ、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は、前記各証拠対比して措信することができず、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  以上の認定事実によれば、

(1) 被控訴人は、レバノンに渡航した後、日本赤軍の中心人物である重信房子と交友関係を結び、直接会う機会がなくなつた後も、重信房子は、「新左翼」紙に、しばらく会えないが、同じことを考えて歩いているんだ、がんばれよ、と被控訴人を激励する一文を寄せている(重信房子が上記文章を寄稿していることは、成立に争いのない乙第八一号証により認めることができる。)。また、日本赤軍構成員である足立正生から押収した換字表(乙第二号証の二)に被控訴人の氏名が暗号数字で記載されており、右換字表が足立正生が重信房子らからの通信文を読むためのものであることを考えると、被控訴人は、重信房子と密接な関係にあつたものと考えられる(なお、換字表中「7アタ」とあるのは足立正生自身のことである旨の供述は、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)に照らし、真実のことを供述したものとは考えられない。)。

(2) 被控訴人は、日本国内における宣伝の場を提供するなど日本赤軍と極めて緊密な連帯関係を有する人民新聞社(旧新左翼社)発行の新左翼紙に日本赤軍のテルアビブロッド空港事件の斗争を賛美し、高く評価する「五・三〇斗争二周年アピール」(もつとも、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)によれば、右アピールを掲載した新左翼紙(乙第三八号証の六)の見出は、新聞社においてつけたものであることが認められる。)を発表して、日本赤軍の行動を熱烈に支持しており、また、共産主義者同盟赤軍派の中から結成されたものとみられるテルアビブ斗争支援委員会に対し、「パレスチナの戦列から」と題するアピールを送り、パンフレット(乙第七五号証の二)にして発行されている。もつとも、右アピールとほぼ同内容の「パレスチナ通信」と題する被控訴人の寄稿文が新左翼紙(甲第一九号証)に掲載されているのであるが、両者を比較すれば、その発行の前後はともかくとして、文章の体裁、用字、内容よりして、「パレスチナの戦列から」は、直接被控訴人の原稿から掲載されたものであることが認めるのが相当であつて、新左翼紙から転載したものと認めることはできず、また、人民新聞社に保管中の被控訴人の原稿が無断持出された旨の原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)は、そのまま信用することはできない。

(3) 被控訴人は、人民新聞社の編輯長と親交関係があり、同社の中東特派員になり、帰国後も日本赤軍構成員北川明と接触したことがあつた。

ということができ、これらの事実を総合して考えれば、被控訴人は、パレスチナ解放斗争と日本赤軍のテルアビブロッド空港斗争を支持・支援し、日本赤軍と思想的立場を共通にする部分があり、日本赤軍構成員および関係者と親交関係を有している事実に徴し、日本赤軍と密接な関係を有するものと認めるのが相当である。

(三)  なお、控訴人主張の原判決事実摘示第四、三、(三)、2記載の事実および当審における追加主張事実(二、1、ないし、「被控訴人は、右久保田昇と密接な親交関係があるものと認められる。」との点を除く。)は、<証拠>により認められるが、これら事実は、次に述べる理由により、被控訴人と日本赤軍との連繋関係を認める資料となすことはできない。

(1) 被控訴人と砂場恵美子との関係の有無

<証拠>によれば、警視庁が前記押収した通信文五枚(乙第四号証の二ないし五)は、砂場恵美子への私信ではなく、いずれも新聞新左翼への寄稿文(一部同新聞社への連絡文がある。)であり(現に同新聞に掲載されている。―甲第八ないし第一〇号証)、砂場恵美子の夫であり、同新聞社々員である砂場徹が社命で自宅に保管していたものであること、被控訴人は、砂場恵美子とは面識もないことが認められ、これら事実によれば、被控訴人が砂場恵美子宅を日本国内向けの書簡等の送付先として利用し、同新聞社への寄稿文を同女あてに送つていたものと認めることは困難である。

(2) 被控訴人と久保田昇との関係の有無

<証拠>によれば、被控訴人が昭和五〇年一二月一二日帰国した際、連絡の手違いから羽田空港に出迎えがなかつたので、電話番号を記憶していた大阪市の安本雅一(被控訴人の以前の勤務先の経営者)に電話で連絡し、同人の世話で久保田昇に空港まで迎えに来て貰い、同人宅で四、五泊したこと、被控訴人は、右久保田昇とは初対面で、出迎えて貰うについても安本雅一に人相等を教えて貰つたことが認められ、これら事実によれば、被控訴人は、久保田昇とはそれ以前から親密な関係にあつたものとは認められず、久保田昇が押収物還付の代理人として出頭したとしても、右事実は、前記認定を左右するものではない。

(3) 結局、砂場恵美子および久保田昇が日本赤軍となんらかの関係を有することは、前認定のとおりであるが、被控訴人が右両名と密接な関係を有するとは認め難いのであるから、控訴人の前記主張事実をもつて被控訴人と日本赤軍との連繋関係の存在を認める資料とすることはできない。

3  国際関係に及ぼす影響等

日本赤軍による前記1認定の破壊活動に対しては、日本国内はもとより国際世論からも非難が浴びせられており、世界各国は、そのような破壊活動等を惹起させないよう出入国管理を強化し、日本赤軍関係者らによるテロ活動の中心的人物の所属国であるわが国に対しても出入国管理の強化および破壊活動等の再発防止に努めるよう強く期待していることは、公知の事実であり、<証拠>によれば、国連総会においても人質行為防止の国際条約案の起草が全会一致で採択される等(一九七六年一二月一五日)テロ活動の防止に各国の協力が要請されていることが認められる。また、前記1認定の事実および弁論の全趣旨によれば、日本赤軍は、右のような国際的な非難の中でますます孤立感を強める反面、その存在を世界に誇示するため、クアラルンプール事件、ダツカ空港事件にみられるように人質と交換にわが国で拘禁中の過激派および一般刑事事件犯人らの釈放を求めて、奪還するなどの犯行を重ね、海外組織の強化を図ろうとしていることが認められる。

このような国際的環境下にあつて、わが国が被控訴人を日本赤軍と連繋関係のある者と知りながら、その海外渡航を認めるに及んだときには、テロ活動防止に関するわが国の基本姿勢について世界各国から疑惑を招き、非難を浴びせかけられることは必定で、わが国の国際関係に重大な影響をもたらすことは、明らかといわねばならない。

4  被控訴人の経歴、旅行の目的

ところで、<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

(一)  被控訴人は、昭和三八年高校卒業後、大阪に出て、ウエイトレス、店員、労働組合の書記等の職業を転々とした後、日本キューバ文化交流研究所の公募に応じ、同四五年五月から三か月間、さとうきび刈奉仕団の一員としてキューバに渡航し、同四六年四月パレスチナ難民救援センターの計画に従い、レバノンのベイルートに赴き、PLOのジェルサレム病院等で看護婦として活躍し、同五〇年一二月に帰国した。

(二)  被控訴人は、貧困な農家に育ち、大阪に出てからも下積みの生活を転々としているうちに、社会に対する自覚を高め、貧困、差別などからの解放を求めて意欲的に行動してきたものであり、おのずと新左翼に属し、イスラエルに対するパレスチナ人の斗争を支持していた。

(三)  被控訴人が本件旅券を申請した理由は、株式会社柿右衛門経営のサウジアラビヤのリヤドのレストランでアラビア語の通訳担当の従業員として稼働するためであつた。なお、同会社との間には、被控訴人の旅券発給され次第雇傭契約を締結する旨の口頭の約束がなされているが、現地の事情として、女性が稼働できるか否か、疑問なしとしない。

判旨5 以上認定の被控訴人と日本赤軍との連繋関係の存在、被控訴人に旅券を発給した場合の国際関係に及ぼす影響、被控訴人地位、経歴、人柄、旅行目的を総合して考えれば、控訴人外務大臣が、著るしく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者にあたると判断してなした本件処分は、控訴人外務大臣に旅券法第一三条第一項第五号の規定により外務大臣に支えられた権限がその法規の目的に従つて適法に行使されたものということができ、正当であつて、何らの違法はない。

五以上の次第であつて、本件処分は適法であり、本件旅券発給拒否処分が違法であることを前提とする被控訴人に対する本訴請求は、理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて、右と判断を異にする原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決中被控訴人と控訴人とに関する部分を取消し、被控訴人の請求を棄却することとして、民事訴訟法第三八五条第八九条第九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(小林定人 惣脇春雄 山本博文)

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